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4月11日、自民党政務調査会「生殖補助医療に関するプロジェクトチーム」(座
長 古川俊治)が今国会に提出しようとしている親子関係に関する民法改正案お
よび生殖補助医療法案に対するに対して、以下の6団体で要望書/意見書(リンクあり)を提出
しました。

プロジェクトチームの現在の案は、代理出産を認め、出自を知る権利を今後の検
討事項とするもので、6団体は法案に対する意見は異なるものの、出自を知る権
利を求めるという点が一致するということで、共同行動になりました。

当日は古川議員と小渕優子議員が参加し、各団体が1~2分発言し、順番に要望
書を渡しました。古川議員は、今国会に提出し、9月の成立を目指したいと述べ、
「出自を知る権利については、さらに勉強させていただき、いろんなご意見を反
映させて、法制度を作っていきたい」と述べるにとどまりました。

現在の国会の情勢では、自民党案が国会に上程されれば、採決されることが確実
であり、上程される前に行動していくことが重要だと思います。

【要望書/意見書 提出団体一覧(50音順)】
NPO法人OD-NET(特定非営利活動法人 卵子提供登録支援団体)
NPO法人Fine ~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~ 要望書
すまいる親の会(AIDの選択に悩んでいる・AIDで親になった人の自助グループ) 要望書
第三者の関わる生殖技術について考える会 意見書
DOG(DI Offspring Group)非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ 意見書
フィンレージの会(不妊に悩む人のための自助グループ) 要望書
by daisannshano | 2014-04-15 12:04 | 活動報告
2010年12月19日、第三者の関わる生殖技術について考える会、第4回勉強会 in 大阪 ~養子縁組という道~ が開催されました。今回は珍しく?詳細に報告します。


▼内容
由井秀樹氏(京都府立大学大学院生):日本の生殖技術、養子制度の概説
養子縁組経験者●●さん:不妊治療~養子を育てた経験
村田和木氏(ライター)、才村眞理氏(帝塚山大学教授)によるコメント
質疑応答


▼今回のテーマ設定の目的
1.夫婦間の「不妊治療」の末子どもを授かることができなかった際の選択肢として「養子縁組もある」ということを示す
2.養子を育てる困難さ、縁組家庭への支援の課題を示す。
3.養子と第三者の関わる生殖技術によって生まれた人との違いを検討する。
4.その上で、これからの「家族」のあり方について考える。

▼養子縁組経験者●●さん 小学校1年から施設で育ち、16才で施設を出る。25才で結婚。ご主人は本家の長男で跡取り、子どもができて当たり前という感じだった。
 「施設で育ったということを、聞かれるまで黙っていてほしい。波風を立てないでほしい」と言われたが、家族の中で暮らせるという喜びの方が強かった。子どもができさえすれば風当たりはよくなると思った。2年経って3年経って子どもができないと責められるようになった。「施設で育ったからそんな体になったのか」などの暴言を受けて、3年くらい経ってから初めて産婦人科に検査に行った。イヤな検査も受けた結果、大学病院で旦那さんの精子欠乏症が明らかになった。自分の気持ちは楽になった。「施設で育っても五体満足だったんだ」と。
 良い精子だけをとって人工授精をしようとしても無理だった。
 「どうしても子どもがほしければ、第三者、ご主人の兄弟や親の精子だったら血縁関係がある、第三者なら賢い人のDNAを混ぜることもできる」「混ぜたら誰の種かわからないから誰も責任をとれないという点で安心ですよ」と医師から提案される。話を聞くにつれてご主人はうなだれていったが、自分としてはそれまでの責めから解放される気持ち。自分は施設で育ったけれども欠陥などなかったんだという思いの方が強かったので、ご主人の思いをくみ取れなかった。「おまえの好きな方をとればいいよ」と言われて、もうちょっと子どもがいないままでがんばってみよう、二人の人生を楽しもうと思えた。でも周りは黙っていない。最初は夫婦関係は良いが、そのうち冷めてくる。10年経つと顔を合わせると喧嘩になるように。
 そうした夫婦関係の中で、「子どもがほしい」「子育てがしたい」と強く思うようになった。毎日新聞に載った家庭養護促進協会に電話をかけた、「子どもとの出会いがほしい」。
 次に新聞に載った男の子に決めようと夫婦の間で決めた。跡取りなので男の子がよかった。ご主人と誕生日が一緒だったことにも縁を感じて、全力を掛けようと決めた。4ヶ月のときに“権利”を得て、会えたのは11ヶ月。いろんな審査を経た。ようやく会えたときは有頂天。会った瞬間、子どもは泣きも笑いもしない、目が定まっていなかった。施設の中で表情を出せる子ではなく、歩行器に入って壁にぶつかるまで行って、また戻ってを繰り返している子だった。誰に抱かれることもなくタオルで固定されたミルクを飲んでいる姿を見て、なぜもっと早くこの子と会うことができなかったのかと悲しい思いをした。
 乳児院から出たときには、施設にいたときの写真5枚と成長記録のみを持って出た。我が子になるという嬉しさの方が強くて、泣きながら帰った。明るい未来だけを信じていた。
 子どもはすくすくと成長し、特別養子縁組をした。戸籍に「長男・○○」と載る。「長男」と記載されてることがとても嬉しかった。
施設から子どもを引き取ることに親族から大反対された。この間に次男のところに男児が生まれており、血筋を引く男児がすでにいたことで義理の両親はすでに満足していた。内孫であるにも関わらず、邪険にされた。なにかあると「おまえは根性悪だ」「だからおまえは・・・」と言いかけた。「だから施設にやられたんだ」と言われないために、「この家で一番偉いのはおじいちゃんおばあちゃん。自分もあなたを守るけれど、言うことを聞かないといけない」とたたき込んだ。
 真実告知は必ずしようと思っていたが、タイミングがなく、小学校3年生のときになった。里親、養子縁組家庭の泊まりがけ研修から帰ったときに話した。「みんな本当の親子だと思う?」「当たり前でしょ」。子どもの形相が変わるのがわかった。「僕もか?」。肯定すると、「だから自分の赤ちゃんのときの裸の写真がないのか」。それまでに学校で成長の記録を持ち寄ったときに、歩行器の写真とそれ以降のものしかなかったので不思議に思っていた。「なんで産んでくれなかったんや」「品物みたいに言わんとって」。どんな言い方をしても泣いて抗議。「(赤ちゃんのときの)裸の写真がほしいか?」「ほしい」「裸になれるか?」「なれる」。小学校3年生で産み直しの儀式。約束をした、「二度と親が変わるのはイヤだ。どんなことがあっても捨てんといて」「わかった。あんたが殺人者になろうが泥棒になろうがずっと親子でいる。近所の人からは●●の家の子じゃないという話がきても、僕知ってるけどそれがどうした?と言える子になってほしい」。
 それから1ヶ月2ヶ月経って、家のお金が少しずつ持ち出されるようになった。祖父母のお金にも手をつけるようになった。ばれたとき「やっぱりな」と仁王立ちの祖父に言われた。本人には「おじいちゃん、おばあちゃんならば許してくれるだろう」との甘えがどこかにあったようだ。それから、「試し行動」は外に向かい、店で万引きなどをするようになった。すると外の人も「やっぱりな」と言う。1年くらいして、自分も「やっぱりか」と思うようになってしまった。「施設でずっと育っていたらこの子はこんなことはしなかったかもしれない」。自分の選択に自信が持てなくなった。子どもを無条件に受け入れていないのかもしれない。そんな母親の気持ちを子どもは察してしまうのだろう。それ故に試し行動は続いていく。
ある日「もう飽きたからいいや」と言ってやめた。1年近く試し行動が続いて「これだけつきあってくれたんだからお父さんお母さんもいいや」と思ったのだろう。祖父母も、子どもが気持ちの優しい子なので、血はつながらないがかわいい孫にだんだん目を細めていくようになった。中学校に上がるときには、私立を選ばせた。そこで吹奏楽に出会った。音符も読めないところから吹奏楽の練習に一所懸命になった。
中学校1年の時に相次いで祖父母を亡くした。息子は「祖父母は死なない存在だ」と思っていたので、「医者に殺された」と感じた。自分の父親の年代であろう医者がそういうことをしたと恨み、自分はまた捨てられたという思いがよみがえってしまった。1周期を迎えた頃から試し行動が復活。家ではお金を盗み、学校では部活の大好きな先輩の携帯を盗んだ。一人の先輩は土下座を求めたので、相手の家の前で家族三人、土下座をした。もう一人は「許さない」と言う。でももっと許せないのは、「これを起こしたせいでクラブや学校を辞めること」と言った。○○は針のムシロでとても辛かっただろうが、先輩との約束を守った。親も学校の役員会で責められたが、子どもともども針のムシロに耐えて、役員を続けた。学校も処罰をしなかった。二回目の試し行動は先輩のおかげで抜けられた。
 人のため世のためになることをしてほしくて、福祉系大学への進学を勧めたが、全く違う人生を歩んでくれた。福祉の道に進んでほしいというのは親の思いであって本人の願いではない。結局吹奏楽がやりたいということで音楽大学に通っている。今年成人式を迎えて日帰りで地元に帰ってきた。「味気ないなあ」と言いながら見送って家に戻ったら子どもから手紙が書いてあった。
 「よろしくお願いするからこれからも育ててください。良い両親、友人に出会えて良かった」
養子を育てるのは本当に大変だったが、医者の言うとおりにAIDをしていたらもっと辛かったと思う。子どもと出会って親になったことも間違いじゃなかったと思った。これから出てくる難題にも打ち勝つことができると思った。子どもがいなかったらいろんな人と出会うこともなく里親をすることもなかったと思う。彼を生んでくれた親御さんにも感謝します。

▼村田氏
 2003年春から里親家庭の取材を始めたが、里親や養子縁組という問題はとてもマイナーな話題だと知った。しかし、扉は小さくても、中に入ると広く深い世界が広がっていると実感している。
AIDの勉強会に行って気づいたのは、AIDも里親も、きっかけはまず不妊の問題であるということ、そして「隠したがる」という共通点に気づいた。どちらも、子どもができない夫婦が子どもを得るための手段だと思われてきたせいではないか。大人の問題とされて、当事者である子ども自身がないがしろにされてきた証だと思う。
 最近になってようやく「社会全体で子どもを育てる」という考え方が出てきた。しかし要保護児童の問題よりも待機児童の問題の方が大きく取り上げられる。それは親の声が大きいから。要保護児童の親は「自分が育てられない」ということで声を上げない。そして、要保護児童自身も声を上げられない。
 「治療」をせずには子どもを得られなかった夫婦や、里親にならないと子どもが得られなかった親は、不妊ということ自体を隠したがっている。真実告知もできればしたくないと思っている。しかし、多くの子どもは育っていく過程で「何かおかしい」と感づいている。が、気づいていても言えない。親が隠すことで、子ども自身が血縁の不存在を隠さなければならないんだと思ってしまう可能性がある。「隠すのは子どもを守るため」と言いつつ、実は不妊を隠すためなのではないかと思う。
 里親や養親にインタビューをしていて、自身が独身で子どもがいないことがプラスに働いているのではないかと思うことがある。生殖可能年齢を過ぎてもなお、不妊という辛さは残っている。不妊という辛さそのものに真剣に向き合わなければ、不妊あるいは里親の持つ課題は解決されない。みんながあたりまえにできることができないと、マイノリティ(少数派)という位置づけになる。不妊はその一つではないか。しかし、密かにAIDなどを選択することは、マイノリティであるにも関わらずマジョリティを装うことになるし、そういうやり方は隠せないマイノリティを余計に差別することになると思う。
 大人に保護されないと生きていけない「子ども」という存在こそが当事者。大人が「マイノリティでなにが悪い」と開き直れるようになることが、子どもの福祉をかなえる手段だとも思う。隠さないことによって得られるものが多いというのが実感。

▼才村氏 当事者の話をいかに補強できるかが研究者の役目。
 あくまでも血のつながった親子のふりをしているのが第三者の関わる生殖技術。それに対して養親になることを選んだのは、血のつながりを越えた大きな決心だったと思った。養子であろうが生殖技術で生まれようが家族に秘密があることを子どもは感づいているもの。事実を知ったことで、自分のライフストーリーがつながらないと、未来をどう生きていこうかということは考えられない。児童福祉について考えるとき、子どもの問題行動は環境によるものだとつくづく思う。出生にまつわる嘘が親子間のものである、それほど陰湿で歪なことはない。
 子どもの産みの親をないがしろにして、養親である自分が一番に認められたいという思いはあると思う。けれども子どものルーツであるところの産みの親を否定してしまえば子どもが混乱する。●●さんが、子どもの実の親に感謝したいと言ったのは、いろいろな試練を乗り越えて、ようやく言えるようになったのだろう、すばらしいことだと思う。
 既に生まれている子どもの親を用意するというのが養子縁組。試し行動は必ず出るし、出ないのなら虐待的に押さえ込んでいるとすら思う。それに耐えていけるのかを判断するには非常に時間がかかる。お金があって一見愛情を注げそうでも、子どもが本当に幸せになれるかを判断するには慎重にならなければならない。夫婦の精神的な安定度が肝心。しかしながら、卵子提供、精子提供についてはそういうところが全く見られていない。自分が関わっている倫理委員会では、生殖技術で子どもを持ちたい-自身が自分の「障害」を受け入れられているのか、オープンにできるのかというところから話を始めていくようにしている。妻の年齢や身体的な事情のみがクリアすればいいというものではない。既にいる子どもが幸せに育つための里親と同等とまでは言わないまでも、「人工的」に作られた子どもが幸せになれるような親を用意するような仕組みが必要。


質疑応答
Q:AIDを選択しなかったのは旦那さんのプライドを守るため?
→A(●●):どっちとも言いようがない。既に子どもがいない人生もいいかなと思うようになってから10年経っていたから体外受精を受ける気にはならなかったというのが一つ、あとは自分自身が社会的保護を受けて育ったから、そういう子に目が向いたのかもしれない。
A(村田):3人の精子を混ぜて子宮に入れるという方法を聞いたとき、自分も女性の一人として生理的抵抗を感じた。女性はAIDを「家のため」とか「子どもがいないと」というプレッシャーから強いられているという面があるのではないかと思う。
A(才村):知る必要がないと断言したのはすばらしい。血を乗り越えて、(夫がじゃなく)“夫婦で”子どもができないんだというスタンスはすばらしい。

Q:3人分の精子を混ぜてということが実際に行われていたのか? 初めて聞いたので衝撃的。医者が説明したとしても、非常に変な説明に感じる。実際に日本でそういう施術例があったのか? ありえないことじゃないの?
→A(司会)昔は実際にやっていたと聞いている。

Q:不妊治療でAIDという選択肢を医者から受けたとき、養子という選択肢は医者から提示されたか。あったら良かったと思うか?
→A(●●):まったくなかった。あったら・・・今になってみればそんなに悩まず、夫婦仲も溝が深まらないうちに話し合いができたのではないかという意味で良かったのかもしれないと思うが、そのときは不必要に感じたのではないかと思う。

Q:養子縁組を提案したときのご主人の反応は?
→A(●●):即答。後ろめたい気持ちもあったのか、自分が「育てたい」と言ったときには即座に乗った。積極的に説明も聞きにいったし、新聞記事も主人が見つけてきて…

Q:不妊治療は儲かるということで当人のメンタルなどはそっちのけで、不妊カウンセラーを置いたとしても、不妊治療を続ける以外の選択を後押しすると営業妨害としてクビになった事例があるとも聞く。病院に本当に不妊カウンセラーを置くためにはどうしたらよいか。
A(才村):2003年の生殖補助医療部会では医師はなるべく多くの選択肢を提示するようにという指針が出されている。なにがなんでも子どもを産まなければいけないということではなくて、養子縁組という方法があるということ、里親を申し込む道もある。そしてもちろん、子どもを持たないで夫婦二人で生きていく道もあるということを示すべきだと思う。患者のニーズがあれば医療側はやり続ける現状。そこでもう少し多様な人生の生き方があるということを示すべき。医療カウンセラーは医療側に雇われているので、そうではない中立的な機関にいるのならいいが、雇われている以上、難しいのではないか。イギリスのように、国営などの公的な機関で、少なくとも治療を受けている病院ではないところで意見を伺う仕組みが必要ではないか。
A(村田):自分が知っている里親夫妻は、長い不妊治療の後、夫の両親から養子縁組という選択肢を示されたという。産婦人科にポスターを貼っておいても、そういうときには余裕がないと思う。治療に一生懸命になっているときに別な選択肢を示しても反発される可能性が大きい。ただ、世間一般に、里親・養子縁組という形の親子の形があるということが普通になることで浸透していくのではないか。
 あと、自然に妊娠できる限界年齢や治療による妊娠の確率をきちんと示すべきだと思う。いまの女性は自分たちの体について知らなすぎる。

Q:多くの「障害」が欠陥でなく特性・個性として捉えられようとしている時代にあって、不妊は逆に、ひたすら隠し、「正常さ」を装うとする方向へ進んでいる気がする。第三者を巻き込んでまでして「子をもうける」よりも、既にこの社会に生まれ、養育者を必要としている子を愛し、守り、育てていくことで産めない自分たちを肯定できるとすら思う。自分が“実の親”になるという形に囚われずに、子どもを育てることの意義、その喜びと責任に目を向けるべき時機ではないかと思う。しかし、この考え方はなかなか受け入れられないのだろうか。
A(●●):子どもと共に成長してきた中で“血のつながりとは何ぞや”と考えることがあった。自分のことを「どこの馬の骨ともわからん」と言っていた義理の父が死を前にして、おまえは息子よりも先に死んではならん、○○の嫁が●●家の嫁として受け入れられるのを見届けるまでは死んではいけない」と言ったとき、自分も息子も受け入れられたんだと思った。共に生活したということが大事であって、なにが正解かなどは人それぞれだと思うので、わからない。
A(村田):社会的共同親という概念もあるが、親だけが子どもを育てるのではない、子どもの周りにはいろいろな大人がいて、子どものことを気にかけているというのがいいと思う。傷つくことも含めて、いろんな人に出会う中で子どもは成長していく。親だけが育てるのでは子どもは歪んでしまうんじゃないかと思ったりもする。中央大学教授を刺殺した青年の母親は子どもが生まれたとき、「この子にはイヤな思いを絶対にさせない」と思い、その通りに育てたという記事を読んだ。その挙句、息子は恩師を殺してしまったわけで、純粋培養して育てると、逆に生きにくくなってしまうのではないかと思う。私は児童養護施設でボランティアをしているが、職員ではない大人として接している。子どもは施設を離れれば私のことを忘れるだろうが、大人と一緒に遊んで楽しかった感覚は残ると思う。
 子ども時代には楽しいことがいっぱいあった方がいい。大人になったら否応なしにイヤなこと辛いことがある。辛さや苦しさを乗り越える原動力になるのは、子ども時代の楽しかった記憶、大人に頬ずりされて愛された記憶だと思う。
A(才村):子どもが弱いからといって過保護にするのがいいとは思わない。本当に小さいときは別として、子どもは過酷なことも乗り越えていける強さを持っていると思う。親の反社会的・非社会的な経歴が理由で育てられなかったとしても、そのときに頼れる大人がそこにいれば、乗り越えることができると思う。

Q:「子どもができなければ、産めなければ不幸」という価値を生み出す仕組みを解体するには、どうしたらよいか。生まれてきた子どもを祝福するのではなく、子どもを授かったカップルにおめでとうといっているのがおかしいのではないか。

Q:養親になる資格、生殖補助技術を用いて親になる資格、自然に親になる資格との間に差があることに違和感がある。親になることに対して厳格になる必要はわかるが、所謂「普通に子どもを産み・育てるカップル」が蚊帳の外になる危険を感じる。
A(村田):社会的養護を必要とする子どもの母親の中には、少子化の時代にもかかわらず、多産系というのか、たくさん産んでいる人が少なくない。若年出産に始まってどんどん生んで、結局育てられず、乳児院や児童養護施設に預けたりする。男性との間の絆をつなぐために父親の違う子どもを複数産んでいる人や、自分の育った環境が過酷で、その背景から自分の味方が欲しくて子どもを産みたがるという面もある気がする。
親になる資格というのは、子どもが欲しい、育てたいというのでいいと思う。ただし、親だけに子育てを丸投げにするのではなくて、社会全体で育てる、悩んだときには社会が支える、親がSOSを出したときに血縁親子だろうが非血縁親子だろうが、それに耳を傾け、受け止める社会体制が必要だろうと思う。●●さんが長い時間をかけて親子になっていくことが必要と言うのに同感。学歴等の面で賢いから親になる資格があるだなんて言えないし、不妊治療に多額のお金をかけた場合、パーフェクトベビーを求めてしまって、障害のある子が産まれたときにとても辛いことになる。
すばらしい人にだけ親になって欲しいと望んだら、里親は増えない。全体で育てるというシステムがあって欲しいし、あるべきだと思っている。
A(才村):現在、里親になるハードルをいかに低くするかという方向にある。しかしその難しさとは、いかに子どもに関わって、問題が起きたときに子ども自身に対して詰め寄ったりせず大きく構えて耐えられるような人というのが必要だけれど、それはなかなか難しい。
いま里親が進まないのは、国が本腰入れてお金を投入していないことも一因。児童相談所のワーカーが一人で100件くらい扱っている。そうしている間にも20件から30件の緊急の通報がくるので、どうしてもそちらに力を割いてしまう。里親を支えるだけの余裕がワーカーにはない。施設に丸投げの状態になっている。民間社会福祉法人の施設の職員を国が雇いなおして里親支援・開拓に力を入れなければならないとは思うが、それが難しい状態。
この社会では養子縁組が重要だと思われていないのではないか。里親委託を通しての養子縁組が成立するまでの間の里親委託費などの支援についてもきちんと対応するべき。子どもにとって成人するまで施設で育つよりも養親が必要なときに、早い段階で養子を選ぶべきだろうし、裁判所も実の親の存在が引っかかって実質的に里親子関係が成り立っているのに養子縁組が成り立たないということも問題。
生殖技術によって親になろうとする人の資格が問われていない件は、指摘の通り。
自然に親になる人の資格については社会が子育て支援をするということ以外にはない。

Q:単身者は里親になれますか。海外ではどんな用件でそれが可能になっているのか。
A(才村):なれるが、積極的ではないところも多い。イギリスだと一時保護に対応する里親、障害児専門の里親、エイズの子専門の里親、長期療養児専門など研修がしっかりしていて、サポートがしっかりしている。自治体から民間に委託して、ルーツを探るにも聞きに行けるようになっている。
A(村田):東京では二十歳以上の成人が同居していないとだめ、などの要件があり、自治体によって基準は異なる。
取材していて思うのは、子どもが根っこを作るには家庭が必要。しかし、日本では大人の事情が優先している。子どもが育つためには何が必要なのかを論じてこなかった。施設の職員に「自分の子どもを施設に入れたいか」と聞きたい。施設を出た後、帰るところはそこしかないのに、職員は子どもに「お帰りなさい」とは言わない。「こんにちは」と言う。大人になっても帰るところ(実家)は必要。それを卒園生に用意できない、いまの児童養護は問題。年末の年越し派遣村の利用者の半数が施設出身者だと聞いた。卒園した後、社会に溶け込めなくて自殺する人が少なくないとも聞く。施設出身者にホームレスや自殺者が多いことを、施設関係者は知っているはず。にも関わらず、なぜ改善しないのか? 児童相談所のワーカーが一人100ケース持っているのもいまに始まったことではない。それを大人の事情で改善していないことに怒りを感じる。
by daisannshano | 2011-01-09 14:32 | 活動報告
 第三者の関わる生殖技術に関する議論が巻き起こるきっかけになればと、国会議員全員に以下のような質問状を送付しました。回答していただけたら、また別記事でお知らせします。


「精子・卵子・胚の提供および代理出産についてのアンケート」のお願い

 日本では、精子提供による人工授精(AID)が60年以上行われています。近年、卵子の提供と代理出産(これらを総称して〈第三者の関わる生殖技術〉と呼びます)も行われるようになりました。しかし、人間の存在の根本に関わるこのような事柄について、日本では日本産科婦人科学会の会告が事実上、唯一の規制になっており、そこではAIDのみが一定の条件の下に認められています。2003年4月に厚生科学審議会生殖補助医療部会が報告書を提出したものの、その内容に沿った法制化の動きは以後、ストップしたままです。
私たちの会は、これまで行われてきたAID で当事者が何を感じてきたのかこそが、重要だと考えています。その振り返りや検証をせずに第三者の関わる生殖技術が進むことに反対し、さまざまな立場からその現状と疑問点を明らかにして問題提起を行い、社会的議論が起こることを求めて、今年3月に発足しました。
野田聖子議員が米国において卵子提供を受けて妊娠したことが明らかになり、今後、第三者の関わる生殖技術に対する議論や法制化の動きが進む可能性もあります。
 そこで、精子・卵子・胚の提供および代理出産についての議員の皆さま方のお考えを聞かせていただきたく、質問状をお送りいたします。下記をご参照のうえ、別紙の質問にお答えいただきたく存じます。

私たちからのメッセージ

■AIDで生まれた人の立場から
 子どもがAIDで生まれた事実を知らされるのは、両親の離婚、父親の死や遺伝性の病気といった危機的状況であることが多く、子どもは二重に苦しむことになります。それまで築いてきた自己の土台が崩れ(アイデンティティの崩壊)、親に対して裏切られたという気持ちが強く、親子関係が壊れてしまうために、子どもが自己を回復する場がありません。親が隠し通して秘密は守られていると思われている場合でも、実際には子どもは家庭内の違和感や緊張感に非常に敏感であり、親との信頼関係を築く妨げになっています。
 自分の遺伝的ルーツを知ることができないため、 意図しない近親婚の可能性に不安を抱かざるを得ず、遺伝性の疾患や体質への情報がまったくないために自分自身の健康に自信がもてません。出自を知りたいという願いは、アイデンティティの空白を埋めるためだけでなく、精子というモノではなく、そこに関わった人間を確認したいということでもあります。社会的にタブー視され、親ですら肯定できていない技術で生まれてしまった自分の存在を受け容れるのに困難を感じてしまいます。

■AIDで親の立場となった人の手記から
 「夫婦の間で子どもを一生持てないという事がわかった時、それは子どもを喪うような深い悲しみでした。AIDで親となった時には大きな喜びを感じ、今も子どもは私たちの宝物です。子どもを育てながら、子どもに嘘をつき、出生の事実を秘密にしていることに苦しさを覚え、養親さんの子育てやAIDについて子どもに打ち明けている海外の家族の作り方を学んできました。日本のAIDで生まれた人達から苦しい気持ちを伺いました。そして嘘のある家族ではいけないと思い至り、子どもに出自を知らせることができました。今、ありのままの家族となり毎日を過ごしています。
 私たち家族は子どもにとって最も大切な「子どもの出自を知る権利」が確立されることを心待ちにしています。子どもが自分の出自を知りたいと願う気持ちは、人間としてその身の内から出てくる自然な気持ちだと思います。それは、親が良いこと、悪いことと決める事柄ではなく、言い聞かせることでもなく、尊重し、大切にしてあげるべき気持ちだと思います。子どもを持つことによって親のquality of lifeは上がります。しかし、子どもがその出自ゆえに苦悩を抱え、子ども自身のquality of lifeが下がってしまうのであれば、結局親のquality of lifeも下がってしまうのです。なぜならば、親は自分の幸せよりも子どもの幸せを願うものだからです。今、声をあげている当事者の子どもたちの声を聞くことなくして、この生殖補助技術の価値は見いだせないと思います。当事者は結局子どもたちなのです。」

■社会にもたらす問題
 これまで第三者の関わる生殖技術についての議論は、子どもが欲しいという親の気持ちを中心に考えられてきました。しかし、生殖技術は子どもを誕生させ、その子もまた、子孫を残します。そして、精子や卵子の提供者、その配偶者、子ども、その子孫とインフォームド・コンセントの対象にならない「当事者」は拡大していきます。
 上記のような問題を抱える精子提供の是非についても議論が十分に行われないまま、卵子や胚の提供、代理出産の事実が先行しています。
これらの技術においては、提供者の人権、健康にも配慮がなされておりません。代理母になることのリスクは言うまでもありませんが、卵子提供者にも、排卵誘発剤の副作用や不妊になる可能性などのリスクがあります。
 第三者の関わる生殖技術は、家族関係に混乱をもたらすだけではなく、人体の商品化を招き、社会全体にも大きな影響を及ぼします。さらに、経済的格差を背景に国境を越えた卵子売買や代理出産など、国際的にも問題になっています。自由主義による市場原理を持ち込んでいるのは米国のごく一部の州に過ぎず、欧州諸国は生殖技術を法によって規制しています。

「精子・卵子・胚の提供および代理出産ついての質問書」
<質問>
1.精子提供/卵子提供/胚の提供/代理出産、それぞれの是非についてどのように考えますか?



2.精子提供/卵子提供/胚の提供/代理出産など、第三者の関わる生殖技術について法整備は必要と考えますか? 必要だとしたら、どのような内容の法律ですか?



3.少子化社会対策の一環として、不妊治療支援が行われていることをどう考えていますか?
by daisannshano | 2010-11-29 20:23 | 活動報告
第三回勉強会が2010年9月25日に明治学院大学にて行われました。
ジャーナリストの大野和基氏より、「代理出産の現状とARTに関する包括的立法の提案」というテーマでお話いただきました。以下にお話の内容をまとめたものを掲載しておきます。


代理出産、精子提供、卵子提供について

子どもが生まれて20年、30年経ったときにはじめて、その影響がわかるため、ARTそのものは壮大なるsocial experiment(社会的な実験)であるといえる。
昔は、ローカルかせいぜい同じ国の中で行われていたことが、今はすべてが地球規模になってきている。代理出産はインドが国の産業として、奨励しているし、デンマークにある、世界最大の精子バンクは、その精子の3分の2を海外に送っている。
この動きを止めることは不可能だが、少なくともメディアの一員として問題意識をできるだけ多くの人に持ってもらい、この動きを少しでも遅くできないものかと思っている。

1.代理出産に特有の問題

代理出産の際に妊娠・出産を引き受ける女性は概して十分な教育を受けておらず、不妊カップルを助ける、報酬がもらえる、という2つの理由だけでやることが多い。常に妊娠している状態が好きである女性もいるが、そういう女性でも妊娠がリスクを伴うことを忘れてはならない。中流より上の階層の人に妊娠・出産を引き受ける人は、まずいない。依頼夫婦は高学歴、高収入。この構図がそのまま生殖ツーリズムに当てはまり、インドでは年間5億ドルの代理出産ビジネスになっている。完全にビジネスになっており、女性が不妊でなくても忙しいという理由だけで、医師は受け入れる。
<赤ちゃん製造>というビジネスになっている。

2.精子提供、卵子提供に特有の問題

子どもに出生の真実を隠している場合、常に家族内に緊張感がただよっている。子どもは何かがおかしいと思っている。この気味悪さは本人でないとわからないが、とにかく親が子に何か深刻なことを隠しているという気持ちがずっとある。

トム・エリスさん(27歳)は21歳のとき、クリスティン・ウィップさん(55歳)は41歳のときに告知される。

トムさんの考え: すべての人間には子どもを持つ権利があるとは言えない。

トムは、「人間は誰もが自分の遺伝、過去、親は誰か、親はどこから来たかについて知るのに、何が自分たちにとって重要であるかを決定する自律性を与えられるべきだ。もし、不妊カップルであったり、女性にパートナーがいなかったり、同性のカップルであったりして、一緒に子どもを作ることができない場合、(精子提供や、卵子提供で)彼らは子どもを作る権利はない。まさにその子ども自身の権利を侵しているからだ」という。

クリスティンさんの考え:
Why should the pain of childlessness of one generation take precedence over the needs and natural rights of the next?

クリスティンは、「早くから子どもに真実を言うと、親の視点で納得させられてしまう危険がある。41歳のときに知ったが、大人になっていたので、一歩距離をおいてみることができた。しかし、親に対する怒りはおさまらない。生まれてきたことに何のありがたみも感じない」という。

My Daddy’s Name is DONORという調査結果の中にこう書かれている。
提供精子を用いて生まれてきた子ども(donor offspring)の65%は「精子提供者は私の半分を構成する」と考え、45%は「私を妊娠させた方法のことを考えると悩んでしまう」と答える。ほとんど半数が「少なくとも週に2,3回は自分がドナー精子で生まれてきたことを考える」、さらに、45%が「私を妊娠するのにお金が使われたということを考えると悩んでしまう」といっている。
*興味がある方は↓
http://www.familyscholars.org/assets/Donor_FINAL.pdf
をご覧ください。調査結果の全文です(英語、かつ長文ですが)。

4.生まれてくる子どもの視点の欠如

代理出産にしても、精子提供にしても、卵子提供にしても、今までは不妊カップルの視点からしか論じられなかった。即ち「不妊であることの苦痛」と自己決定権の観点からしか論じられなかった。クリニックも生まれてくるまでは面倒見るが、一旦生まれたらあとは関係ない。子どもができた時点で一見目的は達成したように見えるが、実はそこからが茨の道である。
代理出産や精子・卵子の提供を選択する際に、生まれてくる子どもがどのように育つか想像するのは非常に難しい。生まれたら誰でも同じというのではなく、まさに生まれてきた状況が子どにとっては問題となる。
生まれてきた子どもに対するもっとも残酷で非情な言い方は「この世に生を授かったことに感謝せよ」である。そういう言い方は、子どもの気持ちを一蹴して、理解しようともしない考え方のように思われる。

議論の中心を不妊カップルから、生まれてくる子供とそれから形成される家族に移すべき。というのもその子どもは同意しないで生まれてきたからだ。自己決定権は、新しい生命が生じる場合には当てはまらない。他の方法で子どもを作る手段はなかったから、感謝せよ、という言い方は親の視点であって、子どもの視点ではない。



包括的法案

代理出産、精子提供、卵子提供はますます盛んになり、国境を越え、グローバル化している。イギリス人ならスペインに行く不妊カップルが増え、アメリカ人も妊娠・出産を引き受ける女性を求めてインドに行く。ニュージーランドは卵子提供、精子提供でも報酬を受け取ることは禁じているが、世界の傾向はむしろその逆で、報酬額が大きくなる傾向にある。つまり、代理出産サービス、精子という商品、卵子という商品というふうに全体がビジネス化している。資本主義の原理がそこで働いていることに不快感を覚える。

提案1: 第三者を介するARTを全面禁止する。そのために海外に行くことも禁止する。IVF(体外受精)で作られた受精卵は、夫婦以外では使わない。

理由: 生まれてくる子どもの福祉(well-being)の観点からみると、その子どもの同意が得られないから。不妊カップルが、その子どもの代わりに決定権を持つことはできない。

提案2: 代理出産は、いかなる形態であれ妊娠・出産を引き受ける女性を死のリスクにさらすことになるから、禁止するが、精子提供、卵子提供は報酬なしで認める。ただし出自を知る権利を保障しなければならない。カウンセラーの数もかなり増やす必要があり、もっとも重要なことは社会全体が大きく変わらなければ、まだまだ生まれてくる子どものアイデンティティの問題が深刻なまま軽減されない。

理由: 今のグローバル化の流れを止めることは不可能であり、精子提供については60年以上も前から行われてきた。卵子提供は最近始まったが、同じことが当てはまる。”


次回の勉強会については未定です。決まり次第別記事でお知らせします。
by daisannshano | 2010-09-29 14:46 | 活動報告
第三者のかかわる生殖技術について考える会の第二回勉強会を2010年7月3日、慶応義塾大学日吉キャンパスにて行い、セントルカクリニックの宇津宮隆史先生より、「第三者のかかわる生殖技術の現状~産婦人科医の立場から何が問題なのか」というテーマでお話していただきました。

宇津宮先生のお話の内容を簡単にまとめたものを以下に掲載しておきます。

日本の配偶者間の不妊治療
不妊治療は日本が世界で一番進んでいる。アメリカは何でもかんでもやっていて、非常に進んでいるとのイメージがあるが、実際はそれほど進んではいない。

日本では、2007年の1年間で体外受精児は2万人ほど生まれている。そして、その3倍ほどがタイミング法などの、それよりも前の段階で生まれている。このことは、小学校の1クラスに2,3人は不妊治療で生まれているという状況を意味している。

不妊治療で一番重要なのは、生まれてきた子どもがきちんと成長しているのかということ。不妊治療と障害の関係がよく議論されている。精子が少ない人ほど遺伝機能が異常だという傾向がある。赤ちゃんの異常が不妊治療によって起こったのか、それとも、精子の異常によって起こったのか、そのことを考えなければいけない。また、不妊治療を行わない場合に比べて、母体年齢が高いからなのかもしれないということも考慮する必要がある。

不妊は病気?
不妊そのものが病気であるのではなく、病気が原因となって不妊になる。

セントルカクリニックでの不妊症の原因は以下の通り。
夫の異常 46.7%
妻の異常 卵巣機能異常46.3%
     卵管の異常28.9%
     子宮の異常9.8%
     子宮内膜症60.9%
     子宮筋腫7.7% 
     クラミジア感染症19.1%
これ等を合計すると200%を超える。このことは、複数の要因が重なり合うということを意味する 。また、男性と女性のお互いが原因を持つ場合も多い。

日本のAIDの状況
日本産科婦人科学会の会告により、AIDを実施する機関は登録をしなければならず、現在の登録施設数は16施設。2008年には98人が生まれており、毎年70~200人が出生している。一番問題なのは、受精させる施設と出産する施設が異なることによって生じる「妊娠後経過不明」、つまり、生まれたか否かわからないということ。

JISART(*)の卵子提供体外受精実施までの経緯
2006年5月に第一例目の卵子提供型体外受精を承認。
2007年1月第二例目承認。
2007年6月に日産婦、厚労省、日本学術会議に卵子提供実施の申請書提出。
→どこからも明確な返答なし。門前払いのような印象。
2008年7月精子・卵子の提供による非配偶者間体外受精に関するJISARTガイドライン完成。
2009年JISART倫理委員会にて卵子提供審議承認6件。
2010年~4月 卵子提供審議、承認2件。審議待ち2件。

現時点では非配偶者間の医療を計画、もしくは希望している施設が8施設ある。JISART全部が非配偶者間のものをやろうとしているわけではない。むしろそれは少数派。

生まれた子の福祉が一番大切であり、その意味では出自を知る権利というものも考えなければならず、そして、家族へのサポートが大事であり、生まれた子どもについては80歳になるまでフォローしなければならないというのがJISARTの立場。そのため、JISART倫理委員会の下で卵子提供承認には慎重な手続きが取られている。倫理委員会のメンバーには、医学、法律学、児童福祉に関する専門家、カウンセリングを行う者、生命倫理に関する意見を述べるにふさわしい者、一般の国民の立場で意見を述べられる者が含まれている。

不妊治療、特に無精子症に関して
AIDを求める夫婦の印象としては、妻の側が熱心であり、夫の側が大人しくしているというタイプがほとんど。

無精子症に関しては、そのように診断された前後の夫婦の気持が非常に重要となる。そのため、夫婦の気持が一致するのにどれほど時間がかかるのか、それを医療側は見極めなければいけない。

「嫁して3年、子無きは去る」という風土をどうにかしなければいけないと、皆言うが、それは無理なのではないか。配偶者間の不妊治療によって子どもを得た夫婦がセントルカクリニックに赤ちゃんをつれて「ありがとうございました」と来るのは月に1人か2人ぐらい。今の日本社会は、「不妊治療の事実を忘れたい」という社会であり、そんな社会は昔と全然変わらないのではないか。

提案
AIDを実施するのならば、公的機関で行うべき。AIDは個人病院がするようなことではない。そして、実施するのならばきちんとしたやり方でフォローをずっと続けなければならない。
カウンセリング体制の整備も重要。これは、医療側としては非常に遅れている。生まれてきたら家族に対して祖父母との関係、学校との関係もフォローしなければいけないが、今のところそれは全くされていない。

誰のため、何のための不妊治療?
不妊の患者のためというのはそうだが、やはり不妊治療は生まれてくる子どものためになければならないのではないか。不妊の患者のことだけを考えていたら後で大変なことになる。生まれてきた子どもが「生まれてよかった」と思うような医療でなければならない。「生まれてきたくなかった」と思われるような医療ではいけない。
不妊治療をするには、夫婦が今後も幸せな生活を送れるようにしなければならない。そのため、医療側はそこまでのことを考えなければならない。今治療しているということを夫婦はどのように考えるか、夫婦がどれだけ自分たちの将来設計を考えているかということが重要となる。もし、不妊治療で将来が楽しくなくなるのならやめた方がいい。将来も見据えたことを夫婦で考え、選択して、どれが一番自分たちにとっていいのか考えなければならない。」

(*)JISART(日本生殖補助医療標準化機関)とは
JISARTは日本の生殖医療の質を向上させ、患者様に安心して満足できる生殖補助医療を受けていただく事を目的として結成された団体です。
 オーストラリアの生殖医療施設認定制度をモデルにしたJISART独自の実施規定を作り、各施設がこれを遵守しています。実施規定では、非常に高いレベルの医療が求められています。
 メンバー施設には、3年に一度、審査チーム(医師、看護師、胚培養士、受付事務、心理カウンセラー、患者代表)が訪問し、実施規定通りの診療を行えているか、チェックリストに沿って厳格な審査を行います。
 この審査に合格すると、3年間の施設認定が与えられ、質の高い生殖医療が行われているとみなされるのです。
 このようにJISARTでは、厳しい審査により各施設が高い医療レベルを維持すると共に、メンバー同士がお互いに切磋琢磨し、より良い生殖補助医療を目指して努力しています。
(JISART HP  http://www.jisart.jp/ より)


次回勉強会のお知らせ
次回は9月25日(土)にジャーナリストの大野和基氏より、アメリカの代理出産についてお話いただく予定です。場所は未定です。詳細が決まり次第また別記事でお知らせします。
by daisannshano | 2010-07-07 20:27 | 活動報告
第三者の関わる生殖技術について考える会、第一回勉強会が2010年5月8日(土)に東京大学先端科学技術研究センターにて行われました。

東京大学先端科学技術研究センターの米本昌平氏より、「先端技術の法規制-諸外国の状況と日本での立法の可能性」と題したお話をしていただき、その後、質疑応答という形でした。

第一回ということで、手探りの中での勉強会の開催だったため、今後改善すべき点が多々あったことと思います。今後の会の運営の参考とさせていただきますので、参加していただいた方は、ご意見、ご感想等をdaisannshano@excite.co.jpまでお伝えいただけましたら幸いです。


7月3日(土)には、慶応義塾大学日吉キャンパス(立ち上げ集会が行われた場所とは異なります。ご注意ください)にて第二回勉強会の開催も予定しております。詳細が決まり次第別記事でお伝えします。
by daisannshano | 2010-05-16 00:04 | 活動報告
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3月20日、慶應義塾大学信濃町キャンパス予防行動にて「第三者の関わる生殖技術を考える会」の「立ち上げ集会」が行われました。

参加してくださった方々、ありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。

以下、簡単に集会の様子を報告します。

☆第一部 問題提起

①AIDで生まれた当事者1 「第三者の関わる生殖技術の何が問題か」
●第三者の関わる生殖技術とは
AID、提供精子を用いた体外受精、提供卵子を用いた体外受精、胚提供、人工授精型代理出産、体外受精方代理出産。

現在はこうした生殖技術を規制する法律はない。産科婦人科学会の会則が事実上の規制(ここではAIDのみ認められている)。
●これまでの技術の進められ方の問題点
・事実が積み重ねられ、後から追認される。
 →精子提供は数十年の積み重ねがあり、もう「認められて当然」という風潮。
 →代理出産、卵子・胚提供も数年後同じことが起こりうる。
・技術で生まれた人の意見が反映されるシステムにはなっていない。
・多くの人が生まれ、今も選択しようとしている人たちがいるなか、技術についての議論が難しい。

②AIDで生まれた当事者2 「第三者の関わる生殖技術、問題の本質とは」

●告知(子どもに「あなたはこうやって生まれましたよ」と伝えること)について
・親が子どもに告知しない、もしくは告知が遅くなる。
・事実を隠しているために感じる家庭内の違和感。
・アイデンティティの喪失(「自分」というものがわからなくなる)。→日常生活が送れなくなる場合も。
・親が嘘をついていたということへのショック。
・親も情報が少なく具体的な方法がわからない。

●提供者を知ることができない
・自分の中の空白が埋められない→喪失したアイデンティティを再構築できない。
・意図しない近親婚。
・遺伝情報がわからないことによる不安。
 →例えば、「親族の方に喘息の方いますか?」と訊かれても「わかりません」としか答えられない。
・提供者情報を子どもが辿れないため、親は告知をしても罪悪感を抱く。

●社会的認知度の低さ
・孤独に悩むことが多い。
・悩みが人に理解されにくい。
・サポート機関がなく、相談できない。→最近になってAIDで親になりたい方やAIDで親になった方の勉強会「すまいる親の会」、AID子の自助グループ「DOG」ができてきた。

③慶應義塾大学 渡辺久子さん 「AIDで生まれた人々の人としての自然な願いとその実現を阻む問題について考える」
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*「撮影禁止」なのはAIDで生まれた当事者で、研究者の撮影は可能という扱いでした。

・何も悪いことをしていないのにアイデンティティの撹乱。→永遠に解決されない。
・夢にも出てくるような重篤なトラウマ。
・生殖医療は人の魂を殺さない、家族を発展させるものでなければ生殖技術はないほうがよい。
・永遠に自分のルーツを半分知らないまま生きていかなければならない。
・自分から選んでない苦悩をしょって生きていかなければならない。
・今までの精神医学の世界で起こりえなかったことが日本で、世界中で起きている。
・まだ人生を知らないただの医学生に精子提供をさせてきた、これで良いのか。
・秘密の家族を生きるというホラー映画的な不気味さ。
・通常より高い疾病発生率。→きちんと公開されていない。

④慶應義塾大学 長沖暁子さん「第三者が関わる生殖技術は女を幸福にするのか?」
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●身体の部品化・操作・商品化

●自己決定権を奪う
・不妊治療を受けないという選択肢、不妊を受け入れるという選択肢がない。
・子どもを得るまで不妊治療を続けるしかない。

●変わるべきは社会
家父長制、女は子どもを産んで当然という社会を変えるべき。
血の繋がった子どもを持たなければならないという圧力は強化され、それを補完するために第三者が関わる生殖技術が使われている。
子どもがいなくとも幸せな社会を作ってきたのか?


☆第二部 質疑応答

帝塚山大学の才村さんが司会となり、会場の方との質疑応答が行われました。
ここで少し紹介します。

-精子を提供する際のインフォームドコンセントは?
昔はなかった。騙されて提供した場合もある。今は大概されている。大分改善されてきている。

-AIDを知った後の空白を埋めるものは?
埋まっていない。だから提供者情報を知りたい。

-なぜ撮影はダメなのか?
家族がいるので自分だけの判断では顔は出せない。

-出自を知らされない権利についてはどうか?
知るか知らないかというのは、選べて初めて発動するもの。選べないという状況なので、それは存在し得ない。


他にもたくさんのご質問をいただきました。本当にありがとうございます。



☆第一回勉強会のお知らせです。
日時:5月8日 14時から17時まで
場所:東京大学駒場キャンパス内(詳細は決まり次第また別記事でお知らせします)
発表者:東京大学先端科学技術研究センター 米本昌平氏
発表内容:生殖技術の規制に関する政策について-海外の立法過程から見て日本の何が問題なのか-(仮)
by daisannshano | 2010-03-21 12:44 | 活動報告
3月11日に「第三者の関わる生殖技術を考える会」の立ち上げ記者会見が厚労省にて行われました。

メディアにも報道していただいたのですが、ここでも当日の様子を報告します。


毎日新聞 
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100312k0000m040046000c.html

日本経済新聞 
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20100311ATDG1105O11032010.html
医療介護CBnews 
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/26732.html
日テレニュース 
http://www.news24.jp/articles/2010/03/11/07155158.html

共同通信 
http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010031101000745.html
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写真は会見を後ろから撮影した貴重な?画像です。

慶応大学の長沖さん(写真手前)からは第三者の関わる生殖技術の日本の状況、帝塚山大学の才村さん(写真奥)からは諸外国の状況、そして、AIDで生まれた当事者からは会設立の背景や目的、当事者の視点からの第三者の関わる生殖技術についての問題点等の話がありました。


当日話に出た第三者の関わる生殖技術に関する問題点を簡単に挙げておきます。

・出生の秘密を知ったときの衝撃

・日本では出生の秘密はほとんど親から子へ知らされない。大人になってから何かのきっかけで知ったときのショックは大きい。
→アイデンティティの喪失(自分が自分であるという感覚が無くなる。
→ずっと親に嘘をつかれていたことにショックを受ける。

・幼い頃から事実を伝えたら大人になってから知るのよりは遥かにマシだが、それでも成長するにつれて精神的な影響を被る。

・日本では子はドナーの情報をえることができない。
→自分の中の空白が埋められない。
→遺伝情報がわからない。遺伝病への不安。
などなど

次に、誤解して欲しくない点も幾つか挙げておきます。

・技術の否定と生まれてきた人の否定は異なる。

・技術の否定と技術を選択した親への非難は異なる。

・親はあくまでも育てた人。配偶子提供者はただ提供した人。


3月20日には「第三者の関わる生殖技術を考える会立ち上げ集会」と題したシンポジウムのようなものを14時より慶應義塾大学信濃町キャンパスにて行います(詳細は別記事で紹介します)。


当日はAIDで生まれた当事者からの話もあります。ここに書いてあることや本を読むよりも実際に話を聞くほうが伝わるものは大きいと思います。

興味がある方、一度話を聞きに来てみてください。そして、第三者の関わる生殖技術について考えていきましょう。
by daisannshano | 2010-03-17 19:05 | 活動報告
1月10日(日)に立ち上げに向けた、準備会を開きました。

参加者のみなさんと、まずは自己紹介をし
そして「第三者の関わる生殖技術の現状に反対」という部分で
それぞれどんな意見をもっているのかも発言し合いました。

その後、立ち上げに向けての準備について話し合いました。
3月20日(土)には立ち上げ集会を開きます。
興味のある方はぜひおこし下さい。(詳細は改めて発表します)

その後この会は、不定期に勉強会を開きながら、この技術の問題点を明らかにし
メンバー間での共通認識を深め、社会への問題提起を行っていく予定です。
会の趣旨に賛同し、一緒に考え行動してくださる方は
次回勉強会に(春頃を予定)おこし下さい。
参加資格は厳密には設けていませんが、会の趣旨・目的に賛同してくださり
勉強会に実際に参加し、この問題に対してのご意見を発言していただくことで
一緒に進めていきたいと考えています。
by daisannshano | 2010-03-17 19:00 | 活動報告